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東京地方裁判所 昭和39年(ワ)336号 判決

主文

1  被告Sは、各自原告に対し金三九〇、四〇〇円および内金三五六、八〇〇円に対する昭和三九年七月一〇日以降完済に至るまでの年五分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は、これを四分し、その三を原告の負担とし、その一を被告らの連帯負担とする。

4  この判決は、第一項にかぎり、仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、「被告Sは、各自原告に対し金一、六七八、九〇〇円および内金一、四七六、五〇〇円に対する昭和三九年七月一〇日以降完済に至るまでの年五分の割合による金員を支払え。」との判決および仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

一、昭和三七年一二月二六日午後四時三〇分頃東京都台東区浅草千束町二丁目四七七番地先道路上において、原告と訴外久保田正明の運転する自家用普通貨物自動車(ニツサンVP三一型六三年式ライトバン第足四せ三、六一二号。以下「被告車」という。)とが接触し、よつて原告は、腰椎骨々折および右腸骨々折の傷害を受けた。

二、(1) 被告会社は、訴外久保田の使用者であつて右事故は、同訴外人が被告会社の事業を執行するため、同会社所有の被告車を運転していたときに生じたものであるから、被告会社は、自動車損害賠償保障法第三条本文の規定により原告の受けた後記損害を賠償すべき義務がある。

(2) 被告加藤道二は、被告会社の代表取締役で、事故の当時訴外久保田を監督すべき地位にあつたものであり、しかも右事故は、訴外久保田の左記過失によつて生じたものであるから、被告加藤は、民法第七一五条第二項の規定により、原告の受けた後記損害を賠償すべき義務がある。すなわち、

事故の現場は、吉原大門方面より国際通り方面に至る、車道幅員七・五米、その両側に幅員二米の歩道がある、歩車道の区別ある曲折する道路の、台東病院正門前の歩道上であつて、事故の当時原告は、台東病院の正門を出、国際通り方面へ向つて歩道上を九米余り歩行していたところ、左斜め後方ないし左の横合いから突然被告車が車道より歩道に向つて後退して来て、あつという間もなく突つかけられた。およそ自動車を車道より歩道に後退させるときは、運転者は車の後方の安全を確認するか、或いは誘導員の合図によつて後退すべきであるのに、訴外久保田は、これを怠たり、漫然被告車を後退させたため、右事故を惹起したものであるから、右事故は、同訴外人の過失によつて生じたものといわなければならない。

三、原告の受けた損害は、次のとおりである。

(一)  附添看護料 金四九、一〇〇円。すなわち、原告は、右事故によつて受けた損害のため昭和三八年五月四日から同月一八日まで、および同月二二日から同年六月二九日までの合計五四日間ギプスの装着を受け、身体の自由がきかなかつたので家政婦を雇い、その費用として金四九、一〇〇円を支払つた。

(二)  慰藉料金一、五〇〇、〇〇〇円。すなわち、原告は、大正六年四月二〇日出生し、昭和一九年訴外中村政司と婚姻し、その間に長女ヤス子(昭和二〇年生)、次女和子(昭和二一年生)および三女泰子(昭和二四年生)をもうけた。戦後夫の政司が廃人同様の病におかされ、生涯不治の身体になつたため、家庭裁判所の調停によつて同人と離婚し、原告が三人の子の親権者となつて生活を送ることとなつた。そして長女ヤス子は、昭和三七年四月から東京都庁に通勤するようになつたが、同年一一月には左足の関節が結核性のリユーマチにおかされて入院生活を送る破目となり、右事故当時は、引き続き入院加療中であつた。また次女和子は昼は会社勤めをし、夜は定時制の高等学校に通学し、三女泰子は新制中学三年生であつた。こういう家庭状況にあつて、原告は一家の中心として、三人の子の監護教育および長女ヤス子の附添看護に粉骨砕身していたのである。しかるに原告は、この事故によつて腰椎骨々折と右腸骨々折の傷害を受け、事故当日の昭和三七年一二月二六日から昭和三八年三月二日までの六七日間、一週間に一回ないし、二回の割合で台東病院に通院し、治療を受けた。この間寝ついたまま絶対安静に過し、通院にはタクシーを利用した。昭和三八年三月五日からは加藤病院の診療を受けるようになつたが、その頃には腰椎骨々折後胎症としての脊椎変形症が起り、同年四月四日より六月二五日までの八三日間手と首から上を除く上半身全体を包むギプスを装着され、身体を動かすことがほとんど不可能な状態であつた。そして同年六月二六日から現在に至るまで、安静を保つため、コルセツトを装着しているが、コルセツトは手と首から上を除いた上半身全体を包むもので、日常の起居に不自由を来し、その苦痛は甚大である。しかも現在では腰椎骨々折の合併症としての坐骨神経痛が、寒さの厳しいとき、または疲労しているときに併発するようになり、この苦痛は生涯継続するものと思われる。こうした諸般の事情を斟酌すると、原告が本件事故によつて受けた精神的苦痛に対する慰藉料は、金一、五〇〇、〇〇〇円を下らないものと考えられる。

(三)  弁護士費用金二〇二、四〇〇円。すなわち、原告は、昭和三八年一〇月一三日弁護士坂根徳博に対し、右事故による損害賠償請求事件につき訴訟委任をなし、その際、東京弁護士会弁護士報酬規定に定める報酬を支払う旨申入れた。そこで、これに基づき同弁護士との間で、昭和三九年六月二五日訴訟委任額を金一、四七六、五〇〇円、とし、報酬を同会規中の最低の割合によつて計算して、着手金および謝金各一〇一、二〇〇円を本件訴訟第一審判決言渡の日に支払う旨の約定した。

四、以上のとおり、原告は、前項(一)乃至(三)の合計金一、七五一、五〇〇円の損害を受けたが、右の中自動車損害賠償責任保険金四九、一〇〇円と被告会社より金二三、五〇〇円を受領したから、これを前項(一)(二)の合計損害額より控除して、被告らに対し金一、六七八、九〇〇円および内金一、四七六、五〇〇円に対する損害発生後の昭和三九年七月一〇日以降完済に至るまでの民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。と述べ、被告の過失相殺の主張を否認し、

立証として甲第一乃至第一二号証、第一三号証の一乃至六、第一四乃至第一九号証、第二〇号証の一乃至四、第二一、第二二号証を提出し、証人加藤守也の証言および原告本人尋問の結果を援用し、乙号各証の成立を認めた。

被告両名訴訟代理人は、「1 原告の請求を棄却する。2訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、

一、請求原因第一項の事実のうち、原告の傷害の部位を除くその余の事実は、認める。原告の受けた傷害は、右腸骨罅裂骨折と右上腕、両側足部挫傷である。

二、請求原因第二項の事実のうち、

(1)  被告会社が訴外久保田の使用者であつて、本件事故は、同訴外人が被告会社の事業を執行するため、同会社所有の被告車を運転していたときに生じたものであることは、認める。

(2)  被告加藤が被告会社の代表取締役であつたこと、事故の現場が原告の主張どおりであることは認めるが、その余の事実は、争う。すなわち、訴外久保田は、後退するにあたり、左右のバツクミラーによつて後方に注意していたが、中央部分に積荷があつたため、見通しがきかなかつた。しかし、東莫ストア前の歩道上には同ストアの店員ら数名がいて、車の後退するのを注視、待機していたので、まさか店員らと後退する車の間を通りぬける者などないと思つて、車を徐々に後退させたものである。

三、請求原因第三項の事実のうち

(一)の附添看護料金四九、一〇〇円を支払つたことは、認める。

(二)の事実のうち、原告が台東病院に、その主張するような、期間通院治療を受けた事実は認めるも、その余の事実は、争う。仮りに原告が本件事故によつて脊椎変形症にかかつたとしても、現在の症状が同じように永続するかどうか不明であり、従つて生涯コルセツトを装着していなければならないというものでもない。このことは、原告申請の加藤証人の証言によつて明らかである。加療の結果、症状が好転して苦痛も去り、コルセツトが不要になることも、十分考えられる。また坐骨神経痛についても、これが合併症としておき易いというだけで現在生じているわけでもなく、将来発生するかどうか全くわからないことである。そして原告が初老期の女性で、家庭生活にも恵まれず、昭和二七年頃から一〇年近く産婦人科系疾患のため何回も手術を受け、その予後はいずれも芳しくなく、また昭和三六年頃からは右肩のこりに悩まされており、本件事故当時も右肩、側頸部の疼痛や、腹、腰部の不快感のため台東病院の治療を受けていたものであること。原告は経済的にも恵まれず、無職で生活保護を受けていること、そして現在では家事をしてもよいくらいに回復し、後は対症的療法で足りるまでになつていることを考えると、原告の請求する慰籍料は、不当に高額である。

(三)の事実は、不知。

四、請求原因第四項の事実のうち、原告が責任保険金四九、一〇〇円と被告会社より金二三、五〇〇円を受領したことは認めるが、損害額は、争う。本件事故は、原告の左記過失もその一因をましているから、被告らは、過失相殺の主張をする、すなわち

本件事故の現場は、浅草千束町二丁目四七七番地東莫ストア前の歩道上であつて、右東莫ストアは店舗ではなく、倉庫であり、平常商品積卸しのため自動車がひんぱんに出入している。そのため右倉庫前の歩道の一部は、車道から車を乗り入れられるよう、傾斜がつけられ、車の出入が容易になつている。原告は、右ストア倉庫右隣の台東病院を出て、右歩道を歩行中被告車と接触したのであるが、原告は右歩道を通るのは始めてではなく、台東病院に入院中の長女ヤス子の見舞いや、また自分の疾病の治療のため何回もそこを通行していて、右倉庫前の車の出入のひんぱんなことは、十分知つていた筈である。本件事故当時も被告車以外に車もあり、また荷の積卸のため東莫ストアの従業員も歩道上にあり、被告車は後部ドアーを開いて、倉庫に向けて後退する態勢にあつたのであるから、原告が少し注意すれば、徐行後退する被告車に気付き、この事故は避けられたものである。いかに歩道上の事故とはいえ、被告車に全部過失があるということはできず、原告の不注意も無視できない。と述べた。〔証拠関係略〕

理由

一、請求原因第一項(事故の発生と原告の受傷)の事実のうち、原告の傷害の部位を除くその余の事実は当事者間に争いがない。

しかして、〔証拠略〕を綜合すれば、原告は本件事故によつて右腸骨罅裂骨折兼右上腕両側足部挫傷のほか腰椎骨折の傷害を受けたものと認めるのが相当である。被告らは、腰椎骨々折の点を争うが、〔証拠略〕によれば、原告は被告車の後部によつて腰部を接触せしめられ、転倒したこと、そして事故直後原告を診察した前田医師は、原告の骨盤と両足の下腿を含む二方向、三部位につきレントゲンを撮影したのみで、腰椎の部分については、何らの診断もしなかつたこと、ところがその後原告を診察した加藤医師は、原告の主訴をきき、脊椎骨方面に異常があるのではないかと考えて、腰椎骨につきレントゲン撮影をしたところ、第一、第二腰椎の椎体が台形をなし、骨折をしていることを発見したこと、しかして事故前にはかかる症状があるとは認められておらず、原告の疾病は、バルソニー病にすぎなかつたことが認められるから、右認定事実に徴すれば、原告は本件事故によつて腰椎骨骨折の傷害を受けたものと認定することができる。

二、請求原因第二項(責任原因)の事実のうち、

(1)  被告会社が訴外久保田正明の使用者であつて、本件事故は、同訴外人が被告会社の事業を執行するため、同会社所有の被告車を運転していたときに生じたものであることは、当事者間に争いがないから、被告会社は、自動車損害賠償保障法第三条本文の規定により原告の受けた後記損害を賠償すべき義務がある。

(2)  被告加藤道二が被告会社の代表取締役であり、事故の現場が原告主張のとおりであることは、当事者間に争いがなく、〔証拠略〕によれば、被告会社は資本金五〇〇、〇〇〇円、従業員九名の小規模な会社で、被告加藤は業務を監督する地位にあつたこと、そして事故の当時訴外久保田は被告車を運転し、台東病院の近くの、東莫ストアに品物を卸しに赴き、事故現場を車道から歩道に向い、ゆつくり後退したこと、事故の現場は、自動車が車道から歩道に乗り入れられるよう傾斜しており、同訴外人は後退する際、後方をみたところ、原告の姿を発見しなかつたので、そのまま後退したところ、東莫ストアの店員が「ストツプ」と声をかけるのをきいて、事故の発生を予感しこと、そして被告車から降りて後部に廻つてみたところ、原告が横向きに倒れていたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

してみると同訴外人は、後退する際、十分後方について配慮したものと認めることができない。右認定から明らかなとおり、事故現場は、車道から歩道に入るところであるから、運転者たる者は、当然後方に通行人が存在することを考え、事故の発生することのないよう、十分注意しなければならない。同訴外人の運転行為には、右の配慮を怠つた過失があるものというべきである。

そうすると、被告加藤は、民法第七一五条第二項の規定により、原告の受けた次項の損害を賠償すべき義務がある。

三、請求原因第三項(損害の発生)の事実のうち、

(一)  原告が本件事故により附添看護料金四九、一〇〇円を支出しなことは当事者間に争いがないが、〔証拠略〕によれば、原告は、長女ヤス子の入院している台東病院正門を出て、ミカンを買いに行くための国際通り方面に向つて歩行していたが、被告車の動向に十分注意せず、下を向いて歩いていたため、被告車に接触せしめられたことが認められるから、本件事故は、原告の過失もその一因をなしているものといわなければならない。けだし、事故現場の状況が前記認定のとおりである以上、歩行者もかような場所を通行するときは、車道から歩道に入つて来る自動車がないかどうか十分注意し、下を向いて歩行することのないよう注意すべき義務があるものといわなければならない。従つてこの原告の過失を斟酌すれば、原告は、金四九、一〇〇円の損害賠償中、金二九、四〇〇円を請求しうるものというべきである。

(二)  〔証拠略〕によれば、原告は、大正六年四月二〇日出生し、昭和一九年四月訴外中村政司と結婚し、その間に長女ヤス子(昭和二〇年四月一〇日生)、次女和子(昭和二一年一一月一九日生)、三女泰子(昭和二四年一月二日生)をもうけたこと、ところが終戦後夫の政司が精神分裂症になつたため、家庭裁判所の調停によつて、同人と離婚し、原告が三人の子の親権者となつたが、生活苦のため種々内職をしながら生活を送つているうち、都庁に勤務した長女ヤス子が昭和三七年一一月結核性関節炎にかかり台東病院に入院したこと、そして事故当日原告は、この入院中の長女を見舞いに来て、ミカンを買うべく台東病院正門より国際通り方面に向つて歩行していたところ、被告車に接触せしめられ、直ちに同病院の前田医師の診察を受けたが、右腸骨罅裂骨折ということで治療を受けるようになつたこと、しかしなかなか腰部の痛みがなおらないので加藤医師の診断を受けたところ、第一、第二腰椎骨々折が生じていることがわかつたばかりか、その後胎症としての脊椎変形症を生じていることが発見されたこと、そこで同医師の指示に従い、ギプス、コルセツトを装着し、その治療を受けることとなり、その結果最近ようやく家事をやれるようになつたこと。しかし原告は、事故以前に何回も産婦人科の医師によつて開腹手術を受けていた上、更年期障害の一つとして骨がもろくなり、室内でころんだり、重量物を持ち上げたりするだけで、腰椎骨々折を起すような特異体質であり、しかも事故発生の少し前頃にもバルソニー病にかかつて前田医師の治療を受けていたような事情もあつて、将来果して完全な健康体に回復できるかどうか危ぶまれる状況にあることが認められる。右認定事実と本件事故の態様をあわせ考えると、原告が本件事故によつて受けた精神的苦痛に対する慰藉料は、金四〇〇、〇〇〇円をもつて相当と認める。

(三)  しかして原告が被告会社から金二三、五〇〇円と自動車損害賠償責任保険金四九、一〇〇円を受領していることは、当事者間に争いがないから、原告の自陳するところに従い、右合計金七二、六〇〇円を右(一)(二)の合計額より控除すれば、その残額は金三五六、八〇〇円となる。

(四)  〔証拠略〕によれば、原告は、昭和三九年六月二五日弁護士坂根徳博との間で、右(三)の残損害金三五六、八〇〇円を基準として、東京弁護士会弁護士報酬規定の定めるところに従い、同規定の最低割合によつて計算した着手金および謝金を本判決言渡の日に支払う旨の契約を締結し、右支払債務を負担したことが認められる。しかして右認定事実と前記認定の原告の過失を斟酌すれば、原告が被告らに対し請求できる右損害の限度は、金三三、六〇〇円をもつて相当と認める。

四、以上のしだいであるから、原告は、前項(三)(四)の合計金三九〇、四〇〇円の損害を受けたものと認められ、従つて、原告の本訴請求中、右損害金三三九〇、四〇〇円および内金三五六、八〇〇円に対する損害発生後の昭和三九年七月一〇日以降完済に至るまでの民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める請求部分は、その限度において正当として認容し、その余を失当として棄却することとする。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条本文、第九三条第一項但書の各規定を、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項の規定をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 吉野衛)

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